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●震災で行政とボランティアの対応の違いがくっきりと

 

しかし、あの当時は行政の対応が全く形をなしていなかったというか、予想していなかった大震災でもあったわけですから、右往左往するのは当たり前です。動きの遅い行政、何もしてくれない行政、ボランティアの申込みにも対応出来ない、山積みされた救援物資、手当てを受けられない負傷者、ガレキの下の人を救援出来ない、外国からの救援の申し出を断った行政、といういろいろなことが何も処理出来なく、悪の権化のように言われました。(決してそうではなかったと思っていますが、当時はそのような風潮でございました)
一方、ボランティアの方々は震災直後から手に手に食料、水を持ち背中にリュックを背負った人たちが、兵庫県の浜辺から高潮のように押し寄せて、医療、食料の運搬、また避難所の世話にと被災者の世話をなんでも引き受けてくれる神様でした。テレビはこの様子を行政と対比しながら報道を続けました。またボランティア活動している人も被災者と一緒に行政批判の大合唱をしたと思っています。

 

●震災を教訓に行政とボランティアの連携を

 

私たち行政に携わる者といたしましては、確かに行政とボランティアが連携することにより、迅速で且つきめの細かい救援活動が可能となるのは十分に予想はできているわけです。しかしボランティアも行政も、日本の歴史の中では昨年のような事を(関西では)経験しておらず、正直言って今日まで行政はボランティアの必要性を十分理解していなかったと考えても過言ではないと思います。またボランティア側も行政とリンクすることを考えていなかったのではないでしょうか。(リンクすることが良いか悪いか別の論議があろうかと思いますが)今後の行政のあり方としては、この大震災の経験を生かして今後の住民福祉に寄与できる体制を確立することが急務ではないかと思っています。
さて蛇足かもしれませんが、ボランティアという語源はもともと志願兵というのが最初だそうです。自らの意志で行動しその行動に責任を持つことだろうと思います。特別な人たちだけが行っているのではなく、直接関わっている人と、その人を支える大勢の人たちとの連携によって成り立つものと考えております。ボランティアは自分が生きているという価値づけをするために、また生きていて良かったと思うために、自分が住んでいる地域や社会の役に立ちたいという意気込みが必要でありますし、テーマを見つけて積極的に参加をしていく、これがボランティア活動ではないかと思います。日本では、ボランティア活動と言えばすぐ無償の活動と思われがちですが、有償、無償に係わらず意欲のある人なら誰でも出来ることであり、その反面意外と誰にでもできないものではないだろうか、とも思います。
「ボランティア活動をしたいのですが、どうしたらよいのでしょうか」と私自身も問われることがあります。ボランティア活動に教科書はないと思いますし、自分の命を賭けてでもやろうという意志が、行動がボランティアではなかろうかと思っています。誰かがお膳立てをしてくれて「はいどうぞ」というのはボランティアにはならないのではないかと思います。

 

 

 

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